@article{oai:ynu.repo.nii.ac.jp:02000255, author = {馬場, 基彰}, issue = {2}, journal = {日本物理学会誌}, month = {Feb}, note = {光(電磁波)は非平衡,磁性体は熱平衡が主な研究の舞台である.ここでは逆に,横場の電磁場を熱平衡下で相転移させるために,磁性体中のマグノンの非平衡下での振る舞いを測定したという話をする. 1973年,光場(横場の電磁場)を介した原子間の相互作用によって,原子集団が横場の電磁場と一緒に相転移すると理論的に提唱された.これは超放射相転移やディッケ(Dicke)相転移とよばれる.その実現によって,非常に強い2モード量子スクイージングが熱平衡下で得られる.デコヒーレンスに対して堅牢な量子科学技術の基盤に繋がりうる現象である.しかし,熱平衡下の超放射相転移は,提唱より50年,いまだ観測された例がない. 超放射相転移は,荷電粒子が電気双極子遷移を通じて電磁場と相互作用する単純な系ではまず起こらないと認識されており,スピンなどの別の自由度の存在が肝心となる.この戦略に基づき,最初の一歩として,我々はスピン波(マグノン)版の超放射相転移を確認した.具体的には,磁性体ErFeO3中のFe3+スピン格子のマグノンを介して,Er3+スピン同士が相互作用することで,Fe3+マグノンとEr3+スピン集団が約4 Kで相転移することを確認した. マグノン版の超放射相転移かどうかを検証するためには,熱平衡下の相図だけでは不十分である.我々は,Fe3+マグノンを介してEr3+スピン同士が確かに相互作用することを確認するために,ErFeO3の静磁場下でのテラヘルツ分光実験を実施した.吸収スペクトルにFe3+マグノンとEr3+遷移のピークが得られ,静磁場の大きさの変化により,それらの準位反発(反交差;anticrossing)が観測された.さらに我々はEr3+をY3+に置換してEr3+密度N/V(原子数N,体積V )を変化させることで,その準位反発の大きさがEr3+密度の平方根√N/Vに比例することを確認した.Fe3+とEr3+が近接的に相互作用するだけなら,準位反発はN/Vに比例するはずである.観測された√N依存性が,Fe3+マグノンを介してEr3+スピン同士が相互作用することの証拠である. √Nに比例する準位反発は,真空ラビ(Rabi)分裂とよばれる(Vは一定とすることが多い).初期状態としてEr3+スピンのどれか1個だけが励起した状態を考える.それが基底状態に緩和した際,Fe3+マグノン(超放射相転移が提唱された本来のモデルでは共振器中の光子)が1個生成される.そのマグノン(光子)はまたEr3+スピン(原子)集団のどれか1個を励起する.これが繰り返されることで,マグノン数(光子数)の期待値は時間的に振動し,マグノン(光場)の振動にはうなりが生じる.これが真空ラビ(Rabi)振動とよばれる.また,うなりをフーリエ変換するとスペクトル上に準位反発が得られ,これが真空ラビ分裂とよばれる.初期状態でマグノン(光子)がゼロ個でも起こる振動であることから「真空」と冠せられる.マグノン(光子)1個によってEr3+スピン(原子)のどれか1個が励起されればよいことから,真空ラビ振動の周期は√Nに反比例し,真空ラビ分裂の大きさは√Nに比例する. このように,ErFeO3中のFe3+マグノンとEr3+遷移の非平衡ダイナミクス(吸収スペクトル)の測定から,Fe3+マグノンを介したEr3+の協同的な相互作用を確認した.また,準位反発の大きさから相互作用の強さを見積もることで,ErFeO3が約4 Kで示す相転移が,確かにマグノン版の超放射相転移であると結論づけた. 現在,より確かな証拠を得るために,Fe3+マグノンとEr3+スピン集団の熱平衡下での量子スクイージング観測を目指して研究を進めている.デコヒーレンスに対して堅牢な量子科学技術を構築するためにも,まずは観測が必要である.}, pages = {63--67}, title = {熱平衡な光,非平衡な磁性体}, volume = {79}, year = {2024} }